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平成3年11月1日無形民俗文化財として登録されました |
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金刀比羅神社・大鷲神社 |
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金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)の境内社である大鷲神社(おおとりじんじゃ)で毎年11月の酉の日行われている祭事で、「お酉さま」と呼ばれて横浜市民に親しまれ、横浜の年中行事として大変な賑わいを見せています。 |
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祭神 大物主乃命(おおものぬしのみこと) 崇徳天皇(すとくてんのう)
由緒 金刀比羅神社は遠く安政6年(1859年)讃岐国象頭山(四国琴平町)の金比羅大権現を歓請して金刀比羅神社を創建されました。初めは金比羅大権現と称せられ現在の横浜公園(横浜スタジアム球場の在る所)の地に港崎遊廓にありましたが、慶応2年10月20日の大火に類焼され、翌3年吉原町に御遷座し、更に明治5年に再び高島町7丁目の海側に遷座し、現在の御社号に改称せられました。翌6年3月には地方長官の認可を受け無格社として指定せられ、神社明細帳登録されることになりました。復た更に明治15年4月今の真金町に移転されました。これが現在の神域であります。本来当社は花柳会に歓請せられたものでありますから、其の移転と共にしばしば御遷座が行われたものでありましょう。大正12年の関東大震災、更には今次戦災に惜しくも社殿は炎上されましたが、社殿は昭和25年に建立。その後平成元年に新社殿として再建されたものであり現在に至る。御祭神の御神徳については、一般に言う大国主之命(おおくにぬしのみこと)の別名でありまして国土開拓はもとより航海安全、漁業、殖産、医薬百般の事物に御神威があまねき霊験あらたかであるとして厚く信仰されて居ります。 |
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| 祭神 天之鳥船命(あまのとりふねのみこと) 由緒 大鷲神社は明治初年高島町に金刀比羅神社が遷された頃から江戸吉原の例に倣っておとり様を歓請、同社の境内に末社として祀りこれが大鷲神社の初めであります。その頃から酉の市の行事は盛んであって、開運の守護神として崇敬厚く、今日に至って居るのであります。更に金刀比羅神社の御遷座と共に現在の神域に遷されました。もとの社殿は別宮としてありましたが、今は金刀比羅神社の相殿に祀られております。 |
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